大判例

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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1868号 判決

原告

新東工業株式会社

右代表者代表取締役

永井譲

原告

新東ブレーター株式会社

右代表者代表取締役

日江井敏

原告ら訴訟代理人弁護士

水口敞

斎藤重也

佐脇敦子

中村弘

中村伸子

被告

破産者イズミ総業株式会社

破産管財人

中村隆次

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告新東工業株式会社に対して金八八万一八九〇円、原告新東ブレーターに対して金六七万五四〇〇円及び右各金員に対する昭和六〇年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者の地位)

(一) 原告新東工業株式会社(以下「原告新東工業」という。)は鋳造装置、公害防止装置等の製造販売等を業とする株式会社であり、原告新東ブレーター株式会社(以下「原告新東ブレーター」という。)は、表面処理機械、スチールショット等の製造販売等を業とする株式会社である。

(二) イズミ総業株式会社(以下「破産会社」という。)は、昭和六〇年二月一二日午後一時、長野地方裁判所において破産宣告を受け(同裁判所昭和六〇年(フ)第三号破産事件)、被告が右破産会社の破産管財人に選任された。

2  (別除権の発生)

(一) 原告新東工業及び同新東ブレーターは破産会社に対し、それぞれその製作に係る別紙目録(一)及び(二)記載の物件を、同各目録記載のとおり売り渡した。

したがつて、原告新東工業は別紙目録(一)記載の物件について合計金八八万二三三〇円の売買代金債権を、原告新東ブレーターは同目録(二)記載の物件について合計金六八万六四〇〇円の売買代金債権を、破産会社に対して有するところ、破産会社は、右売買代金を支払わないまま前記の破産宣告を受けた。

(二) 破産会社は、破産宣告当時別紙目録(一)及び(二)記載の各物件を占有していた。

したがつて、原告新東工業は別紙目録(一)記載の物件について、原告新東ブレーターは同目録(二)記載の物件について、それぞれ動産売買の先取特権を有していたものであるから、破産宣告後は別除権者として前記各売買代金につき本件各物件より、破産手続によらないで優先弁済を受ける地位を有している。

(三) 原告らは、破産宣告後の昭和六〇年二月一八日及び同月二三日に被告に対し、別紙目録(一)及び(二)記載の各物件につき先取特権を有し別除権者の地位に立つ旨主張した。しかるに、被告は、原告らの別除権行使を拒絶したうえ、任意売却にあたつては、別除権者の承諾を得る必要がない旨回答し、後記3のとおりこれを他に売却した。

3  (不当利得返還請求)

(一) 被告は別紙目録(一)及び(二)記載の物件を、同各目録の「被告(破産管財人)による任意売却」欄記載の任意売却日に、同欄記載のとおり任意売却してこれを買主に引き渡し、即時代金を受領した。

(二) 右(一)の任意売却(以下「本件売却処分」という。)により、原告らは別除権である動産売買先取特権の行使の機会を完全に喪失し、前記各売買代金相当金額を優先受領しえなくなつた結果、右同額の損失をそれぞれ被つた。それとともに、破産会社の破産財団(以下単に「破産財団」という。)は別紙目録(一)及び(二)記載の各物件の任意売却代金全額を受領し、これにより別除権者である原告新東工業が別除権の行使により優先的に弁済を受くべき金八八万一八九〇円及び同じく原告新東ブレーターが優先的に弁済を受くべき金六七万五四〇〇円につき不当利得した。すなわち、破産管財人は破産財団に所属する財産について管理処分権を有しているとはいえ、右財産中別除権の目的物については、担保に供された価値的部分は別除権者がこれを優先的に把握しているものであるから、右価値的部分については破産管財人の管理処分権は及ばないこととなり、その意味で右目的物は価値的には破産財団に帰属していないものというべきである。そして、破産管財人は、別除権(本件においては動産売買先取特権)の目的物を換価するにあたつては、別除権者の同意を得て任意売却する場合を除き、破産法第二〇三条により民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定によらねばならないものというべきところ(右の換価手続によれば、別除権者である原告らの先取特権はその換価代金上に存続した(同条第二項)。)、被告は右手続によらず一方的に任意売却処分をなし、これにより、原告らに帰属すべき前述の優先的価値部分を破産財団に帰属せしめた。しかして、その結果原告らは前記の動産売買先取特権を行使し得なくなり、その反面、破産財団は、当該先取特権目的動産についてそれまで右権利により別除されていた価値的拘束からのがれたことにより、利得を得ることとなつたのであるが、このような破産法第二〇三条に定める手続によらず動産売買先取特権の消滅を来たす換価行為は前述のとおり権利者たる原告らの同意なき限りなし得ないところであるから、本件売却処分によつて破産財団の得た利益は法律上の原因を欠くものであり、これによつて原告らに生じた損害との間に因果関係のあることは明らかである。

(三) また、仮に破産管財人による任意売却処分が許されるとしても、前述のとおり別除権の目的物については、担保に供された価値的部分は別除権者がこれを優先的に把握しており、右部分について破産管財人の管理処分権は及ばず、したがつて破産管財人には当該目的物についての別除権の存在及びそれによる制約を承認すべき義務があると解されること、破産法第二〇三条第二項が強制執行の手続による換価金上に別除権の存続を認めていること、及び会社更生手続において、更生開始決定とともに更生担保権が固定され、以後目的物の処分等による担保権の消長にかかわらず、固定時の更生担保権を有するものとして更生手続に参加することが認められているが、この理は破産手続においても同様にあてはまるものと考えられることなどからすると、破産手続において破産宣告時に別除権が固定されることは自明であり、動産売買先取特権の目的物について任意売却処分がなされた場合には、破産宣告後破産手続終結までに破産管財人に別除権の存在が知られさえすれば、右任意売却処分による換価金上の別除権相当部分について別除権者の優先権が維持されるものと解すべきである。そしてこれを本件についていえば、原告らは前述のとおり被告に対し別除権者である旨を明らかにしているので、動産売買先取特権者として、当該換価金上に優先的に弁済を受ける権利を有するものというべきであるから、被告が右別除権相当部分の換価金について原告らにこれを引き渡すことも、また、破産法第二〇三条第二項の趣旨に沿ってこれを寄託することもなく、本件売却処分によつて得た代金全額を財団に組み入れ、破産財団においてこれを取得したことは、やはり前述の「法律上の原因なき利得」に当たるものというべきである。ちなみに動産売買先取特権が破産宣告後も別除権として扱われ、物上代位権を行使し得ることについては最高裁判所昭和五九年二月二日判決(民集三八巻三号四三一頁)により明らかにされている。

4  (不法行為による損害賠償請求)

仮に右3の不当利得の主張が認められないとしても、原告らは被告に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有する。すなわち、前記2(三)のとおり原告らにおいて、被告に対し別除権の存在を主張していたにもかかわらず、被告は前述のとおりこれをいれず、あえて別除権者である原告らの同意のないまま、また、換価については破産法第二〇三条の定める強制執行の手続によるべきところ、その手続によることをせず、別紙目録(一)及び(二)記載の各物件を任意売却してこれを買主に引き渡し、その代金を即時受領して原告らの別除権行使による代金相当額の金員回収の機会を失わしめた。被告の右所為は、故意又は過失により原告らの別除権行使及び配当要求の機会を害した点において違法である。

しかしてまた、動産先取特権には、その強制換価権能に基づき、目的動産に対する引渡請求権ないし差押承諾請求権があるのであるから、債権者から動産売買先取特権行使の申出があれば債務者にはそれに応ずるべき法律上の義務があり、したがつて、右義務を負う被告において、原告らの動産売買先取特権行使の申出を拒絶して、一方的に本件各物件を任意売却し換価金を受領したことは、故意又は少なくとも過失により原告らの動産売買先取特権を侵害したものというべきである(なお、被告主張の原告新東工業の仮処分決定の取得とこれに基づく和解成立の経緯はそのいうとおりであるが、動産売買先取特権も実定法上の担保物権である以上、保全処分を得ない限り保護されないとするのは、手続法により実体法上の権利を不当に制限するもので誤りである。)。

そして、被告が破産手続遂行中にした右不法行為により、少なくとも原告新東工業は別除権たる動産売買先取特権の行使により得られたはずの未回収売買代金八八万一八九〇円相当の損害を、原告新東ブレーターは同じく代金六七万五四〇〇円相当の損害を、それぞれ被つたものである。

5  (結語)

よつて、原告らは、被告に対し、(一)主位的に破産財団に対する不当利得返還請求権により返還さるべき利得として、(二)予備的に破産財団に対する不法行為による損害賠償請求権に基づく損害金として、原告新東工業にあつては金八八万一八九〇円、原告新東ブレーターにあつては金六七万五四〇〇円及びそれぞれ右金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年七月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)の事実はすべて認める。

2  同2(一)ないし(三)の各事実もすべて認める。

3  同3については、(一)の事実は認め(二)、(三)については争う。

そもそも別除権者の権利とは、破産手続によらずして破産財団に属する特定の目的物に対する別除権とされた担保権を行使し、債権を回収しうるというものであつて、右の担保権の実行により結果的に優先弁済を受けうることとなるにすぎないものであり、別除権の目的物もまさに破産財団を構成するものに他ならない。右目的物が価値的に破産財団に帰属しないこととなるというのも、これは別除権とされた担保権の行使により担保権者が優先弁済を受けうる結果となることを比喩的に述べているにすぎないものであり、実定法上当該部分が破産財団に属さず別除権者がこれを破産財団とは別個のものとして保有しているものではない。したがつて、被告が別除権の目的物たる本件各物件を任意売却し(これが許されることについては後述する。)、その換価金を当該破産財団に属せしめたからといつてこれをもつて直ちに原告らのいう別除権相当部分について「利得」を得たものということはできない。

また、破産管財人は、動産の売主から動産先取特権を理由に当該動産の引渡しあるいは差押承諾文書の提出を求められても当然にこれに応ずべき義務はなく(実定法上何ら根拠がない。)なおまた、破産法第二〇三条は、原告ら主張のごとく破産管財人による別除権の目的物の任意売却処分を禁ずるものではない(右は別除権者がその権利行使を怠り、そのために破産手続を進めることができなくなることを避けるために法が破産管財人に別除権の目的物の競売申立の権能を特に与えたにすぎない規定である。)。しかして、破産財団に属する動産については、そもそも右法条による換価は予定されておらず、動産の換価処分は任意売却の方法によるのが実務であろ。

これを要するに、破産管財人は動産売買先取特権に関しては、先取特権保全のための保全手続を経た者は別として、そうでない限りは、先取特権の目的物についても、破産法の定める手続的規制に従う限り自由かつ任意に売却処分をなし財団を充実させることができるものというべきである(なお本件において被告が本件各物件を含む在庫商品を任意売却した経緯は後記のとおりである。)。

以上によれば、被告の本件任意売却処分によつて破産財団がその売却代金を取得しその結果原告らの動産売買先取特権が行使し得なくなつたとしても、もともとその物が破産財団に属するものであり、前述のように別除権の対象たる価値的部分が破産財団に属さず別除権者が破産財団とは別個のものとしてこれを保有すると解することができず、かつ、破産管財人である被告に当該目的物についての任意の処分権限がある以上、被告の本件売却処分行為により原告らの動産売買先取特権が消滅し破産財団が右売却代金を取得したとしても、右は通常の動産売買において、買主が代金未払いのまま右動産を売却して、その代金を受領した場合と異なるところはないから、いずれにしても右売却代金の取得をもつて、原告らのいう民法七〇三条の「法律上の原因なき利得」に当たるものということはできない。

4  同4は争う。

破産法第二〇三条の趣旨及び破産手続における破産管財人と別除権(動産売買先取特権)ないし別除権者との関係は、前述のとおりであるから、破産管財人が別除権である動産売買先取特権の目的動産について任意売却処分をなし、その結果、先取特権者の権利行使の機会が失われたとしても、これをもつて違法な権利侵害ということができないことは、不当利得に関し「法律上の原因を欠く利得」とすることができないのと同様である。しかして、破産管財人は、迅速に破産手続を進め、また、適宜必要に応じ機会を得て破産財団を高価に換価する職責を有するものであるところ、原告らが別除権の主張をした当時は、その主張に係る物件が動産売買先取特権の対象となるか否かは分明でなく、被告においてこれを承認することができないものであつた。加うるに、その後の調査の結果、破産財団の中心となる右物件を含む在庫商品につき、破産宣告後競争関係にあつた他社において破産会社の従前の取引先に参入を始めたことにより、このまま放置すれば商権の再編成が完了し、右在庫商品の相当価格での処分が困難となること、したがつて、財団拡充のためには早急に売却処分すべきであることが判明し、なお、関係業者からも在庫商品の売却について問合わせが相次いだ。そこで、被告は破産裁判所の許可を得てこれを相当価格において任意売却したのである。

右のように、本件売却処分は管財人のなすべき職務遂行の一環として破産裁判所の許可を受けてなしたものであるから、この点からしても被告の本件売却処分をもつて違法なものとすることはできないというべきである(別除権者である動産売買先取特権者としては、このような事態を避けようとすれば、破産管財人による任意売却処分前に動産売買先取特権の実行手続または保全処分をとれば足りるのであつて、現に原告新東工業においては、一部在庫物件について昭和六〇年四月一九日に動産売買先取特権に基づく競売申立権を被保全債権とする執行官保管の仮処分決定を得てその執行をし、その後右原告と被告との間において右保全に係る動産の引渡しとそれに対応する代金債権の債権届出の取下げを内容とする和解をした。)。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(一)、(二)(当事者の地位)、同2(一)ないし(三)(原告らの別除権の発生)、同3(一)(被告による本件各物件の売却、引渡し及び右売却代金の受領)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこでまず、原告らの主位的請求である不当利得返還請求の成否につき検討する。

1  (請求原因3(二)について)

原告らが本件各物件について別除権(動産売買先取特権)を有していたことは前示のとおりである。しかしながら、破産手続において、別除権とされるということは、破産法第九五条に定めるごとく、従来有していた担保権を破産手続によらないで行使することができるというにすぎないものであり、その内容はそれまでの担保権と異ならず、その基礎たる担保物権(本件でいえば動産売買先取特権)について認められた通常の権利実行方法に従つてその実現を図るものである。そして一般に担保権は価値把握権であるとされるが、右は目的物の所有権自体ではなく、その価値部分を競売等法定の手続により最終的に取得しうる権能を有するということを意味するにとどまるものであつて、当該目的物の価値なるものが当該目的物を離れて別個独立に存在するようになつたり、移転したりなどするわけではない。したがつて原告らの別除権の目的物たる本件各物件の価値的部分については破産管財人の管理処分権が及ばず、当該目的物は価値的には破産財団に帰属していないというべきであるとする主張は採用することができない。また、換価処分に際しては破産法第二〇三条所定の手続によるべきであるとする点についていえば、同条の法意は、別除権者がその別除権とされた担保権を行使しないため、当該目的物の換価処分が円滑にできず、それがため破産手続に遅滞の生ずることを防止するため、特に破産管財人に別除権の目的物についての競売申立権を与えたものであると解され、原告ら主張のごとく、別除権の目的物についての換価方法を右の手続に限定するものとは解し得ない。破産管財人は、別除権の目的物について所有者である破産者に代わり全面的な管理処分権を有しているものであり、それが破産財団を構成するものである以上、破産管財人においてこれを別除権の負担のあるまま、法の定める手続にしたがい任意処分をなすことは何ら差支えないものというべきである。のみならず、動産の換価方法については不動産等の場合と異なり民事執行法等による競売手続によることは予定されていないから(同法第二〇二条参照)、破産管財人においてこれを任意売却して換価するのが相当と解されるところ、実務においても専ら任意売却によつてこれを換価していることは当裁判所に顕著である。しかして、これが動産売買先取特権の目的物であり、本件のごとく債権者たる原告らからその旨の主張があつた場合であつても、右債権者の同意なき限り任意売却はできないと解すべき法律上の根拠はこれを見出すことができず、この点に関する原告らの主張もまた採用することができない。

2  (同3(三)について)

まず、別除権の存在及びそれによる制約を管財人において承認すべき義務があるとする点については、もともと動産売買先取特権は追及力を有する抵当権、質権等の約定担保物権と異なり、追及効がなく、かつ、債務者たる買主は所有権者としていつでも第三者に処分する権利を有するのであるから、かかる買主に自ら目的物の差押えを承諾する義務ありとする法律上の根拠はこれを見出し難い。したがつて、債務者と同じ地位にたつ破産管財人にたやすく原告ら主張のごとき義務ありとすることはできない。また、破産法第二〇三条第二項を根拠とする点は、強制換価の場合に同条項により寄託を要求できる別除権者は登記された担保権者のごとく、あらかじめ配当手続上優先権を主張できる地位にある者に限られると解されることからしても、任意売却処分の場合に公示方法も追及力も有しない動産売買先取特権者にそのままこれが類推適用されるものとはたやすく解し難い。

原告らはまた、会社更生手続における更生担保権固定の理は破産手続においても当てはまるものとするが、担保権の個別的行使が否定され、更生計画にしたがい弁済を受けることとされる会社更生手続の場合に更生担保権が更生開始決定時においてあたかも固定されるもののごとく扱われるからといつて、担保権たる別除権の個別的(破産手続外)行使が認められている破産手続きの場合にこれと同じく解すべき理由はない。

以上によれば、原告らの主張はその前提とするところにおいて既に理由がないことに帰着するからこれを採用することができない(原告らが引用する判例は本件と事案を異にするものであり、適切でない。)。

3  以上の次第で、原告らの不当利得を原因とする主位的請求はいずれも理由がない。

三そこで次に予備的請求である不法行為による損害賠償請求権の成否について検討する。

1  破産管財人が動産売買先取特権の目的物たる動産を換価する際に破産法第二〇三条の手続きによることを要せず、かつ、当該先取特権者の同意の有無にかかわりなく任意売却処分により換価し得ることは前説示のとおりである。また、右先取特権は目的物に対する直接の支配力を有せず、追及効もなく、担保権として弱い効力しか認められていないことからすると、これに担保権実行のためとはいえ、目的物の引渡請求権があるとは現行物権法上たやすく解し難く、同様にまた差押承諾請求権があるともたやすく解し難い(右の権利、換言すれば債務者に対して差押承諾義務を肯定するとすれば、結局において債務者の目的動産に対する支配を失わしめることとなり引渡請求権を肯定するのと実質において差異がないことになる。)。したがつて、右の手続的制約の存在と各請求権の存在を前提として、被告の本件売却処分をもつて違法な権利侵害であるとする原告らの主張は採用できない。

2  もつとも破産管財人の法的地位をいかに考えるかは別として、破産管財人が総債権者への公平、平等な満足に向けて破産手続きを遂行する中心的機関であり、破産者、債権者などの利害から離れた中立的な立場において権限を行使し、清算手続段階における公平な残余財産の分配をなすべき職務を負つていることに照らすと、事情によつては(例えば、支払停止直前の取込み的取引により商品の引渡しを受けていた場合など)債権者の利益保護のため当該債権者の先取特権を認めこれを引き渡したり、低価格で売り戻すなどして公平を図るべき場合があることは、これを否定することができない。したがつて、このような場合に破産管財人において先取特権の存在を明確に認識しながら、破産手続上の格別の必要性もないのにことさら先取特権者を害する意図をもつて当該目的動産を処分するなどした場合においては不法行為の成立の余地なしとしないが、本件が右の場合に当たると認むべき事情は、本件全証拠によつてもこれを認めることができない。のみならず、かえつて成立に争いのない乙第一ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、本件売却処分当時、被告としては本件動産を相当価格において換価する見込みを得ていたが、そのままこれを換価せず放置すれば商権の再編成等により相当価格による換価をすることが困難となることが予想され早急な換価が求められる状況であつたこと、また更に、原告らからの先取特権を有する旨の主張も、本件売却処分当時においては一方的な申出のみで、代金の支払関係を明確に証する資料がないため本件各物件が動産売買先取特権の対象となるか否かは分明でなく被告において直ちにこれを承認することができなかつたものであること、そこで被告は破産裁判所の許可を得て、買受けの申出をした多数関係者に対し相当価格において本件売却処分に及んだことを認めることができ、右事実によれば、被告の本件売却処分は破産管財人としての正当な職務遂行行為と認めることができるから、これをもつて原告らに対する不法行為に当たると目することはとうていできない。

3  右の次第であるから、原告らの不法行為による損害賠償を求める予備的請求もまた理由がないといわなければならない。

四以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野 精 裁判官神沢昌克 裁判官櫻林正己)

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